速い時間と遅い時間
さっき、「時をかける少女」(一昨年のアニメ)を見ました。
高校生の頃を思い出す、懐かしい感覚に浸ってしまうお話でした。
学校での毎日が繰り返し続く感じとか、その中でのちょっとした楽しみだったりとか。
見た後にwikipediaを読むと、前作とのつながりや製作秘話なども知ることができて面白かったです。
・・と、アニメの紹介はここまでなのですが、見ていて時間について色々考えたくなりました。
作中で、過去に戻る能力は時間は戻すことができないので自分が戻ることで起こると説明されていました。時間自体は常に一定の速さで進み、止まることも戻ることもないと。
それで思い出したのですが、年をとるとどんどん体感的な(主観的な)時間は短くなっていきます。
子供の頃の1時間はとても長く感じますが、大人になってからの1時間はすぐに経つように感じると思います。
これは、例えば5才児にとっての1年は自分の人生での1/5に当たるが、30才だと1/30なので相対的に短く、そのため主観的に短く感じるのではという説がありますが、個人的にはそれよりも、年をとるにつれ考えることもやることもどんどん増えるので相対的に時間が短くなってしまうと考える方がなんとなくあってるような気がします。(そういう説も読んだような)
何かに集中していると、時間が早く経つように感じますが、それと同じように情報ややることの密度が上がっていくと、時間を短く感じてしまうのではないかと。
一方で、伝記や漫画など読み物では物語が進むに連れてどんどん話が遅くなってくという話も、どなたかの記事で書かれていて、はてなでも話題になっていました。物語が進むとキャラクターやエピソードがどんどん増え、それぞれの活躍や続きなど書くべきことが増えていくのでどうしても展開が遅くなるということです。
これら2つの話を比べるとどちらも情報やタスクが増えることが原因ですが、前者はどんどん時間が早くなっていくのに対し、後者では遅くなっていくという正反対の結果になっているのは不思議です。
これはこういうことではないかと思います。
前者の例では自分は当事者(主観)として時間を感じるのに対し、後者の例では小説や漫画の主人公の物語を追う観察者(客観)として時間を感じます。当事者にとって、実際の時間は止められないものなので、情報やタスクが増えていくと、時間当たりの密度がどんどん増えていきます。そのため、体感的な時間は短く、早く感じるようになります。
ところが後者では観察者の時間と物語の主人公の時間は別のものなので、物語の時間の速さは自由に変えることができます。反対に、1ページに書ききれる情報量は限られていますので、相対的に物語の速度は遅くなっていきます。
無理やり結論付けると、情報やタスクが増えていくと当事者にとって時間はどんどん短くなっていき、観察者にとってはどんどん遅く感じるようになると言えそうです。
例えば伝記を読むとして、主人公が年をとるにつれ、話の進行はどんどん遅くなるように感じますが、その主人公にとってはどんどん時間が短くなっているように感じているということです。
さて、人に限らず動物によってもそれぞれ感じる時間も違うそうです。↓を読んでみようかと思います。
だんだん不思議大好きブログになってきたなあ。。
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参考: ウィキペディア 時間








